
化学物質のリスクアセスメント(RA)において、「有機溶剤中毒予防規則(有機則)」に指定されている物質を対象から除外してしまう(RAをしなくてよいと勘違いする)ケースは、多くの現場で見られる非常に根深い問題です。
本来、2016年(平成28年)の労働安全衛生法改正により、一定の危険性・有害性がある化学物質(SDS交付義務対象物質)は、有機則などの個別規則の有無に関わらずすべてRAの実施が義務化されています。それにもかかわらず除外されてしまう背景には、日本の安全衛生管理の歴史と、現場の誤解が生んだ3つの理由があります。
1. 「有機則を網羅しているから、もう安全だ」という過信
これが最大の理由です。有機則は非常に厳格な規制であり、対象物質を使う際には以下の対応が義務づけられています。
- 有機溶剤作業主任者の選任
- 局所排気装置などの設置と定期点検
- 特殊健康診断の実施
- 作業環境測定の実施
現場の担当者は、これらの厳しい義務をすべてクリアするために多大な労力を費やしています。そのため、「法律(有機則)で言われた通りの対策を完璧にやっているのだから、これ以上何をアセスメント(評価)する必要があるのか?」という、前述の「法令遵守ゴール(コンプライアンスの勘違い)」に陥ってしまうのです。
2. 「個別規則」と「リスクアセスメント(自律的管理)」の目的の違いを理解していないから
日本の化学物質管理は、従来の「国が指定したルール(有機則など)を守る」方式から、現在は「企業が自主的にリスクを評価して対策する(自律的管理)」方式へと大転換しています。この2つの役割の違いが現場に浸透していません。
- 有機則(個別規則):
「全員一律でこの設備をつけなさい」という一律の最低基準。 - リスクアセスメント(RA):
「有機則の設備は入っているけれど、実際の現場の作業手順や取扱量、暴露時間(吸い込む量)を考えたとき、本当に今の対策で全員の健康を守れているか?」を検証する個別の安全上乗せ対策。
「有機則を守っているからRAは不要」と除外してしまう人は、この「法令遵守」と「リスク評価」のステップが別物であるという本質を理解できていません。
3. 「作業環境測定の結果がA評価だから大丈夫」という罠
有機則の対象作業場では、半年に1回「作業環境測定」を行い、第一管理区分(A評価=環境が良好)などの結果を得ています。
- 現場の油断: 「測定結果が良いのだから、リスクは低いに決まっている。だからRAシートをわざわざ書く必要はない」と除外してしまいます。
- 見落としの現実: 作業環境測定は「部屋全体の平均的な濃度」を測るものであり、「作業者が物質を容器から移し替える瞬間に、鼻先で一瞬だけ高濃度で吸い込んでいるリスク」までは評価できません。RAは、そうした「局所的な作業リスク」をあぶり出すために必要なのですが、測定結果の良さに甘んじて除外されてしまいます。
💡 現場に「有機則の物質もRAが必要」と納得させる伝え方
この誤解を解くためには、以下のような切り口で指導するのが効果的です。
伝えるメッセージ
「有機則は、『一般的な使い方』を想定した国の法律。でも、うちの現場では、『その物質をどのくらいの頻度で、どんな姿勢で、何リットル使っているか』までは法律は知らないよね。
有機則の対策(局所排気など)が、うちの現場の実際の作業に対して本当に100点満点なのかをチェックする作業がリスクアセスメントなんだよ。だから、有機則の物質こそ真っ先にRAをやらなきゃいけないんだ」
⚡ 補足:法改正によるさらなる厳格化
なお、2024年(令和6年)4月からは「化学物質の自律的管理」が全面的に義務化され、リスクアセスメント対象物質は約2,300物質へと大幅に拡大されました。これにより、「特化則や有機則の物質だから」という言い訳は一切通用しなくなり、全ての対象物質に対して「暴露濃度を基準値以下に抑制すること」が義務づけられています。




































